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MyOutdoorMemories Australia編Part4

先日から始めた自分のアウトドア史を綴るこのシリーズ、かなり長くなってしまったオーストラリア編も今回で最後にしようと思います。
ただし、自分がオーストラリアを周ったのは20世紀末! 1990年代前半です。
10年一昔と言うならもう二昔以上も前の話し。
今ではだいぶ様子も変わっているでしょうから、情報としてもあまり役に立つとは思えません。
何より、いわゆる自分語りですから、皆さんの参考になるような情報ではありません。
興味の無い方はスルーして下さい。
こんなブログ主はどんなアウトドア人生を歩んで来たのか興味のある方のみお付き合いいただければと思います。
西オーストラリア州は日本からの観光はそれほど盛んでは有りませんが、本当に素晴らしいところばかりです。
昨日はアドベンチャーツアーに参加したお話しでしたが、ここはまた違う趣です。
ハメリンプール

手前の黒い岩のような物はストロマトライトという藍藻類で、およそ35億年前に誕生したとされています。
このストラマトライトが光合成により地球の酸素を生み出した原始生物なのです!?
ハメリンプールはとっても静かな入り江で、水の蒸発が激しいため塩分濃度が高く、そのおかげでストロマトライトを捕食する生物が生存できないために生き残ったと言われています。
地球上でこの生きた化石ストロマトライトが生存しているのは、このハメリンプールを合わせてわずか二箇所のみです!
そんなハメリンプールからほど遠くない(と言っても100km弱)場所にあるのがモンキーマイヤ
ここは野生のイルカと触れ合えることで有名な観光地です。

と言っても自由に遊べるわけではなく、保護官がしっかり管理して決められた時間のみの触れ合いです。
代表で数人だけ餌付けさせてもらえますが、この時は日本人が自分しかいなかったので選んでもらえたようです。
多くは小さな子供を選んでいたので、自分はとっても幸運に恵まれていたようです。
イルカは魚とは全く違った独特の触り心地でした。
モンキマイアで1泊したらまた少し戻ります。
自分はハメリンプールがいたく気に入ったので、もう一度帰りに寄って泊まろうと思ったのです。
普通はみんな短時間見学したらモンキーマイアに移動していくのに2度も来るなんて変わった人ねと、ペトロステーション兼宿屋(キャンプ場)の女主人に呆れられました。
その女主人が保護していたカンガルーの赤ちゃん。

お母さんは交通事故で亡くなっていたそうで・・・
ペイブと名付けて可愛がっていました。
これ、人間用のオムツをしているんですよ!
そう言えばこの辺りはシェルビーチと呼ばれる、貝殻だけで出来た真っ白な砂浜(貝浜?)があるのですが、その貝殻が堆積して出来たシェルストーンの切り出し場がこちら
ねっ!
1日居たって全然飽きないでしょ!!
そんなオレに、キャンプ場で朝「コーヒーを飲まないか?」と誘ってくれたのがこのおじさん

「この街は最高だね!」と絶賛し「ところでこの街って人口何名くらい?」とオレが聞いたら
「お前がそんなに気に入ったなら、お前を入れて全人口8人だよ」とニヤリ(笑
なんでもこのバスでオーストラリアを旅して回っていたが、おじさんもこのハメリンプールが気に入ってそのままバスで暮らすようになったそうで・・・
いろんな生き方があるよねとクスっとした思い出です。
10月になり、日本では秋ですがオーストラリアでは逆に春です。

殺風景なブッシュしか目に入らなかったアウトバックでも時々ワイルドフラワーが目につくようになってきました。
奇岩が乱立するピナクルス

元々は木の周りに砂が積もり、中の木だけが枯れ果て、その中に積もった堆積岩が表出して少しずつ風化しているそうです。
本当に西オーストラリアは見所満載でした。
そして更に南下すると西オーストラリア州の州都パースです。
西オーストリア州はオーストラリアの中でも開発が全く進んでいない地域ですが、さすがに州都だけは大都会です。
バックパッカーズもいくつも在り、中には日本人ライダーが集まる有名なバックパッカーズもあります。
それがここRBP

この日は、すっかり擦り減ってしまったタイヤを交換していたら、皆が手伝ってくれたのです。
ライダー同士こうやって協力しあったり、ルートの情報を教え合えるのが、こうした有名宿のメリット。
有名と言うなら、向かって左端で座り込んでいる人も、当時のライダー間では有名な方。
人呼んで「アンソニーさん」あるいは「ダッチライダー」とも呼ばれていました。
自分は噂には聞いていたがRBPで初めて会えたので喜び勇んで話しかけました。
「アンソニーさん! 噂のキャンディーさんに合わせてもらえませんか?」
彼はバイクの後部座席に恋人のキャンディーを乗せて旅しているとう噂を聞いていたのです。
そう! キャンディーの恋人だからアンソニーさん(キャンディーキャンディーという古い少女漫画が元ネタです)答えてアンソニーさん「キャンディーとはいつも一緒だったんだ、だからバンジージャンプを跳ぶ時も一緒にキャンディーと跳んだのさ」
「だけど着水が激しくてキャンディーが腕から離れてしまって・・・、キャンディーは深い水底だよ・・・」
ちなみにキャンディーさんとはダッチ○イフの事です!(爆
そう!だからダッチライダー(笑
アンソニーさんはダッ○ワイフを後ろに乗せてオーストラリアを旅していた有名人でした(笑笑
他に話しで聞いていた有名ライダーだと「ブラパンライダー」
クリスマスの日にシドニーの繁華街キングスクロスの大通りをブラジャーとパンティーだけ身に付けてバイクで爆走した方です(もちろん男性です
残念ながら既に出国していたようなので自分は会うことは叶いませんでした。
やっぱりライダーって変人が多いんですよね(苦笑
パースは大都会なのに、息苦しさを感じない住みやすそうなとっても良い街でした。
しかしいつまでも連泊しているわけにもいかない!
パースを後にして西から東へ!!
この辺りはとにかく単調な道が続きます

146.6kmずっとただただひたすら真っ直ぐ。
確かギネスに載ったんじゃなかったけかな?
そんな光景も南オーストラリアの州都アデレードあたりからはだいぶ様子が変わる。

アデレードは、1985〜1995年まで市街地コースを使ってF1が開催されていた大都会。
市街地なので、そのF1コースも自由に通れるから走ってみましたが、日本の一般道よりも全然路面状態悪過ぎて笑っちゃいました(日本でサーキット走行経験有り)
オージー適当過ぎるぞ!(笑
とにかくそんなアデレード前後からは街と街の感覚も狭まり、その街もペトロステーション1件のみを中心とした部落という感じではなく、普通に郊外という感じになってきた。
自分の大好きな西オーストラリア州とは全然雰囲気違います。
そしてこの頃になると旅の終わりもそろそろ見えてきたので、財政的にも無理をする必要が無くなってきた。
万が一を想定して、残りの距離・日数よりも多めに想定して現金を残していたけど、そこまで残さなくても大丈夫なのがハッキリしてきたわけです。
せっかくなのでいろんな体験をしてみたいと考えるようになり、地元の人が泊まるようなB&Bに泊まったりしました。
歴史的な建造物のホテルに泊まったりもしました。
どちらも日本のビジネスホテルよりも安価ですけどね。
これらの宿だと、日本人旅行者以外の普通のオージーと触れ合える機会が多いのが楽しみ。

それと新聞やTVも見られる。
上の歴史的ホテルで新聞を見ていたら、たまたま自分の好きなハードロックバンド=ホワイトスネイクのライブ広告が目につきました。
ちょうど翌日です!これは面白そうだ!!と早速会場に行ってみました。
もちろんチケットは持っていない。
普通に当日券を買っても良いのだが、どうせなら少し現地の人と話してみたい。
ハードロックバンドのライブですから来ている客もかなり厳つい。
その中からバイクの前でたむろしている、いかにもという感じの数人のグループに目をつけ、「チケット余ってない?」と声をかけてみました。
最初は「何だお前は?」って感じだったんですが、バイクでオーストラリアを回っているんだと話すと、ガラッと対応が変わります。
「俺たちもバイクに乗ってるぞ」って、見たらわかると思いつつ雑談すると、「今日来ないダチの分が余ってるから安く売ってやるよ」とチケットを譲ってもらえました。
開場すると彼らは後ろの方でまたたむろして「お前もやるか?」とあまりよろしくない草まで分けてくれようとします。(苦笑
丁重にお断りをして、「俺は最前列で暴れてくる」とオールスタンディングだったので、前列で激しくヘッドバンキングしてきました。
日本人もロックがわかるんだと思ってもらえたかな?
ビクトリア州に入るとかなり南下しているので、春だというのに気温も低い。
この辺りはにわか雨も多く不安定な気候でした。
この辺りの有名観光地12人の使徒
他に有名なのがフィリップ島のペンギンパレード
世界で一番小さなフェアリーペンギンが海から上がって来て巣穴に集団で移動する様が見られることで有名なのです。
これはたいそう可愛らしいんじゃないかな? でも、島なので船で渡らないとなりません。
波止場で待っていると、やはりオートバイに乗っているオージーが声をかけてきました。
一緒に乗船し、色々話してそろそろ島に着く頃になって、「それでお前、今日泊まる宿は決めてるのか?」
決めていないと言うと
「だったらウチに来い!」
奥さんとお嬢さんはそれぞれ旅行に出ているそうで、「今は一人だけだから暇なんだ、来い!」だそうで・・・
もちろんありがたくお誘いを受けました。
彼の名はマリー
マリーの家からペンギンが上陸するビーチは歩いてすぐでした。
時間になったらマリーが「そろそろだぞ! オレは夕飯を作っておくから一人で行け!」
ちょうど日が落ちてきた頃にビーチからペンギンが上がってきます。

そして1列になってヒョコヒョコと歩いて巣穴に向かうのです!

おぉ〜これは可愛いいっ!!
堪能してマリーの家に戻ると簡単な食事と酒が振る舞われました。
本来下戸なんですが、この時はマリーに付き合って少し飲みました。
いろんな話をして、「本当にオーストラリアは最高だ」「何より最高なのがオージーの優しさだと思う。」
なんてことを言いました。
現地のオージーには本当に助けられる事ばかりでした。
「旅人であるオレはろくなお返しが出来ない、どうしたら良いかな?」とマリーに聞きました。
すると「それがオレ達のmateship(マイトシップ)だ 誰かが困った時、次はお前がその誰かを助けろ!」
「マイトシップ」オレはこの言葉を一生忘れません・・・
まぁ翌朝になったらいきなり「屋根に登れ!」屋根に登ったら「アンテナを直せ!」って働かされましたけどね(笑
オージーは身の回りのことは自分でやるのが基本のようです。
彼のガレージには複数台のBMWのオートバイが並べられて、自分でコツコツとレストアしているんだと言ってました。

マリーに見送られて、再び船で本土に戻るとあとは駆け足です。
オーストラリア第2の大都市メルボルンを過ぎ

オーストラリアの首都キャンベラを過ぎ
そしてついに帰ってきました!シドニー!!

このハーバーブリッジを渡った時は感無量でした。
あの頃は自分以外にも本当にたくさんの日本人ライダーが渡っていて、ものすごいアドベンチャーを成功した人がたくさんいます。
そんな中、自分はたいしたことはせずに無難なルートでゆっくり回ってきただけです。
自分が何者でもない事は、自分が一番よくわかっています。
それでもやっぱりこの時だけは、よくぞやり遂げたと自分自身を褒めてあげたかった・・・
この後にこのバイクは日本人旅行者に売り渡しました。

元々のバイク購入店に持ち込んだら思ったよりも高値で引き取ると言ってくれたのですが、やはりせっかくなので顔の見える誰かに譲り渡したかった。
その店の下取り表を見せて、1円もぼったくる気の無いことを伝えたらたいそう喜んでくれました。
「その分、楽しい旅を経験してくれ!」そう言って見送りました・・・
残念ながら、彼からはその後の連絡が無かったので、彼も無事に旅を送ることができたのかどうかはわからない。
ただ安全を願うのみでした・・・
ちなみに、ダーウィンで別れた日本からの悪友は無事にシドニーに戻ってきたので、合流して一緒に日本へ帰りました。
今でもヤツとは腐れ縁が続いています。
でも本当に喧嘩別れせずに済んで良かった・・・
ひたすら感謝です。
脱水症状を救ってくれた命の恩人とは今でも交流があり、名古屋在住にも関わらず数年に一度くらいのペースで顔を合わせています。
他にも何人もずっと交流が続いているような友人がたくさん出来ました。
残念ながら日本に帰ってきてから交通事故にあい、帰らぬ人となった方もいます。
でも自分はその方の紹介で何物にも代えがたい交友関係を得られたのです・・・
この時に生まれた人間関係は本っ当に一生の宝です。
ただ残念ながらこれを最後に海外ツーリングには出ていません。
オーストラリアに渡る前は、これを皮切りに南極を除く四大陸=オーストラリア・北米・南米・アフリカ・ユーラシア大陸制覇を夢見ていました。
オーストラリア一周を成し遂げた時は、それが夢ではなく実現可能な目標になっていました。
しかし日本に帰り、高校時代からのもう一つの夢だった現在の仕事に就くとどうしても仕事優先になってしまい、妻と結婚してからは生活に追われる日々が現実でした・・・
それでも10年くらいは各国の情勢・通行可能なルートなどの情報だけは収集していましたが、それもいつの間にか途絶えています。
今はあの頃の旅とは全くの別物としてキャンプを楽しんでいます。
バカみたいに無駄な荷物を満載してのオートキャンプが普通に楽しく感じています。
「不便を楽しむのがキャンプ」などと言う方もいるし、そうした考えを否定する気はありませんが、自分はもういいかなと思っています。
そうした路線をやり出すと、また昔の情熱が再燃しそうで怖いんですよ(苦笑
そうなるといろんな方に迷惑をかけることになるし・・・
分別のついた大人はつまらないと思う一方で、誰かのためにそんなつまらない生き方を送るのも悪くないと思う自分がいます。
昔の経験をもとに楽しいだけのアウトドアライフをこれからは過ごそうと考えています。
当初考えていたよりも、ずっと長い自分語りになってしまいましたが、お付き合いいただいた方々はありがとうございます。
2度と会えぬTさんや、多くの仲間と、現地で会えた全ての人達に最大の感謝を込めてこのオーストラリア編を締めさせていただきます。
本当に、本当にありがとうございました。
明日からはまた普通のキャンプブログに戻ります。
これからもよろしくお願いします。
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コメント

コメント一覧 (2件)

  • 私はもうすぐアラフィフのおっさんですが、20年以上前に北海道へ友人とツーリングに行き、途中で別行動になり(笑)、そこからのソロツーリングがとてつもなく楽しくていい経験になったことを思い出しました。ネットもケータイもない時代で紙の地図と現地での口コミを頼りに最低限度の装備で旅をした、あれはあれでいい時代だったのかなと思います。私も今は荷物満載のオートキャンパーですが(笑)
    楽しい思い出をありがとうございました。私も海外ツーリングしときゃよかった!

  • >えもん様
    コメントありがとうございます。
    こんな昔の自分語りなど、誰も読んでいないだろうと思っていたので本当に嬉しく感じています。
    そして年齢や途中からソロツーリングになるなど、あまりにも似た境遇に驚きですっ!?
    いや、本当に良い時代でしたよね・・・
    えもん様の北海道ツーリングもきっと素晴らしい旅だったのでしょう。
    自分は北海道ツーリングはしていなかったので、羨ましく思います。
    お互いこれからも良いアウトドアライフを過ごしましょう!

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